「今日起きた事は内海唯花には秘密にしておけ」結城理仁は周りの者たちに注意した。ボディーガードたちは皆それに応えた。若旦那はもう所帯持ちの人なのだ。神崎家のお嬢様がひと目も憚らず堂々と彼に告白をしたなんていう事はもちろん女主人に知られてはいけないのだ。神崎姫華の告白を、結城グループで働く多くの人が知ってしまった。結城理仁がオフィスビルへ入る時、従業員たちは皆、思わず彼を何度も見た。しかし、彼はいつもと同じく氷のように冷たい表情で唇をきつく結び、ボディーガードたちに囲まれて、大きな歩幅で流星の如く入ってきた。こんなに格好よく、まるで王者のように来臨する男性であれば、簡単に若い女性の心を奪ってしまうだろう。会社の中にもたくさんの若い女性従業員が、無意識のうちに結城社長の本性を知り、彼を恋い慕う気持ちをへし折られた。もちろん誰も結城社長に告白する勇気など持っている人はいなかった。更に言えば結城社長を追うような運試しをする女性などいなかった。結城家というハードルは一般人からすれば高すぎるのだ。結城家の男たちが全員一途であることを知っていても、問題は自分が結城家の男から真心を得られるかどうかだ。自分のオフィスに戻ると、結城理仁は携帯を取り出し、神崎玲凰に電話をかけた。しばらくしてから神崎玲凰はようやく彼の電話に出た。「あれ、今日太陽がまさか西から昇ってきたんじゃないだろうな?結城社長が俺に電話をかけてくるなんて。何か面倒を見てもらいたいことでも?」神崎玲凰はいやらしく薄笑いし、電話の中で結城理仁をからかった。「神崎玲凰、お前の妹をしっかりと管理しておけ!」妹の話題になり、神崎玲凰の表情は険しくなり尋ねた。「姫華がどうかしたのか?」彼は妹が結城理仁のせいで、人生を台無しにしてしまうことを知っていた。結城理仁に何年も片思いしていて、最近は結城理仁に告白したいと言っていた。それを思い出し、神崎玲凰は嫌な予感がした。あの傍若無人な妹がまさか本当に結城理仁に告りに行ったんじゃないだろうか?どうして彼女はあんな死人のような顔をした野郎が好きなんだ。「彼女が俺につきまとうんだよ!今も俺の会社の外にいるぞ。お前が来てあいつを連れ帰るか、それとも俺が誰かに命令してあいつを追い払わせようか?」「俺が今すぐあいつの義姉に家まで連れ帰らせ
「結城理仁は彼女の手に負えるような人物ではない。あきらめるようによく言い聞かせてやってくれないか。結城理仁の周りには、家族親戚を除いて、若い女の影は一度も見たことがない。あいつは冷淡で良心を持たない奴なんだ。どう言っても姫華は聞く耳を持たなくて困ってるんだよ」神崎玲凰も妹には全くお手上げだった。「今俺は忙しくて、彼女に構ってる時間がないんだ。姫華のことはおまえに任せたぞ」「わかったわ、仕事に戻ってちょうだい。今から姫華ちゃんを迎えに行ってくる。彼女を連れてお義母さんと一緒にショッピングするわ。お義母さん、最近ちょっと気分が落ち込んでるから」神崎家の奥さんは姑と関係が良好だった。最近姑の元気がないことに気づき、彼女を誘って街をぶらぶらし、買い物したりしていた。もしかしたら姑を元気にさせることができるかもと思ったのだ。神崎玲凰は突然黙った。彼は母親が落ち込んでいいる原因を知っていた。母親の妹が今に至るまで消息不明だからだ。母親がこの一生で最も口にするのは、この実の妹のことだった。神崎夫人は孤児院で育った。彼女が幼い頃、家族は彼女と四歳年下の妹を残してこの世を去ってしまい、姉妹は孤児院に送られた。それから孤児院の子供を養子として引き取りたいというお金持ちの夫婦に出会ったのだ。その夫婦二人は姉妹のうち、妹のほうを気に入った。当時、姉のほうは八歳、妹にいたってはまだ四歳だった。彼女は妹と別れたくなかったが、妹が誰かに引き取られて、孤児院で育つよりもよっぽど良い生活が送れると知っていたので、その夫婦が妹を養子にするのを受け入れたのだった。それから、姉妹二人は記念写真を思い出に撮って、それ以降は離ればなれになってしまった。そしてそのまま数十年の月日が流れた。神崎夫人は大きくなって孤児院を離れた。彼女は聡明で強い人間だった。自分の力だけで商業界のエリートまでのし上るほどに。社長から厚く信頼され重宝され、また社長の長男の心を掴み、最終的に豪族に嫁入りし神崎家の夫人になったのだ。彼女が自立してから、妹を捜すのを一度もあきらめてはいなかった。妹とは数十年も音信不通だ。少し前に、神崎玲凰はやっとのことで叔母に関するわずかな情報を手に入れ、当時叔母を引き取った金持ち夫婦を見つけたのだった。母親はとても喜び、彼と父親は母親に付き添って会いに行った。そ
神崎姫華は結局兄嫁に連れて行かれた。あの壊れたスポーツカーについては、電話して業者に牽引してもらうしかなかった。 兄嫁が迎えに来た時、神崎姫華は義姉に対してこう言った。「結城理仁が私の車にぶつけて壊したの。ちょうど私に口実を作ってくれたわ。義姉さん、一歩踏み出したからには、やれるだけやってみせる。三年から五年かけて理仁を追わなくちゃ、私気が済まない」 「義姉さん、あなたが一番私を応援してくれてるよね。兄さんもあなたの言うことなら大人しく聞いてくれるし、私に代わって兄さんに取りなしてくれない?私の幸せを追い求める権利を奪わないでって」 神崎姫華は愛し合う兄夫婦のその関係が羨ましかった。当時も義姉が自分から兄を追いかけ一年後ようやく兄を捕まえたのだ。結婚後は立場が逆転し、兄が義姉を溺愛するようになった。 義姉が当時ためらうことなく、真実の愛を追い求めていなかったら、今のこの幸せな生活は手に入れられなかったと何度も彼女に言っていた。 神崎家の女主人は車を運転しながら言った。「姫華ちゃん、私はあなたが幸せを求めることに大賛成よ。でも、あの人は結城理仁。彼の東京での評判を知っているでしょ?貞操観念が強く女性を寄せ付けないことで有名よ。あなた、彼の周りに若い女性がいるのを見たことある?」 「それに、私たち神崎家と結城家は犬猿の仲だわ。あなたのお兄さんと結城理仁は、かたき同士とは言えないけど、でもライバルだわ。お互いに相手が成功するのは気に食わないようなね。こんな関係のライバルだから、私はあなたが結城理仁に利用されるんじゃないかって心配なの。それに、彼にいじめられるんじゃないかって」 「彼が妻をいじめるわけないでしょう?結城家の家風は素晴らしいものだわ。結城家の男は皆妻を溺愛してるって有名じゃない」 神崎姫華は兄夫婦の愛が仲睦まじいのを自分の目で見て、自然と自分も結婚した後、夫から溺愛されるのを期待していた。 東京の上流階級において、結城家の男たちは妻を溺愛することで有名だった。 「どうであれ、あなたのお兄さんもあなたのためを思って言っているのよ。姫華ちゃん、今はこの話題はこれで終わり。お義母さんがエルメスのお店で私たちを待ってるの。まずはお義母さんを連れてぶらぶらして気晴らししましょうよ。妹さんの件で、お義母さんはここ数日とても落ち込んで
金城琉生は笑って言った。「知っています。そのバイクは僕に任せてください。明日唯花さんに、ちゃんと走れるようになったバイクを返しますから」親友の従弟は何年も前からの知り合いだ。内海唯花は金城琉生を信用していたので、こう言った。「じゃあ、お願いしちゃおう」金城琉生は内海唯花の手助けができて本当に嬉しかった。すぐに電話をかけた。誰に電話をしているのかはわからなかった。内海唯花は彼が住所を教えているのだけ聞こえた。それから、二人はその人がバイクを牽引しに来るまで待っていた。......「若旦那様」運転手の目はとても良く、信号の真向かいにいる女性が女主人にそっくりだったので、信号待ちをしている時に、後ろを振り向いて、目を閉じリラックスしていた主人に言った。「若旦那様、あの女性は若奥様にそっくりですよ」それを聞いて結城理仁は目を開け、前方を見た。道端に男女がいた。その男が誰なのかわからなかった。おそらく距離が少し遠すぎたからだろう。女のほうは確かに彼の妻に似ていた。同じ家で少しの間一緒に生活してきたので、結城理仁はだんだん内海唯花の姿に見慣れてきていた。「通りすがる時、すこしゆっくり運転してくれ。彼女かどうか確認しよう」「かしこまりました」結城理仁は携帯を取り出して内海唯花に電話をしようとしたが、少し考えて、そうするのをやめてしまった。すぐに信号が青に変わった。結城理仁の高級車の列がその前を通りかかる時、車はスピードを少し落とした。車の中にいる結城理仁はその女性が彼の妻、内海唯花だと確認することができた。男の方は誰なのか、彼は車が過ぎ去ってからようやく思い出した。金城琉生だ!奴は恋のライバルだ!内海唯花と金城琉生が一緒にいた?偶然に道端で会ったのか?結城理仁は心の中は疑いの気持ちに満たされ、ひと言もしゃべらなかった。もちろん内海唯花に電話などもしなかった。高級車の列は遠くに走り去った。金城琉生はその遠くの高級車の列を見て内海唯花に言った。「さっき通り過ぎた何台かの車のうち、その一台は結城家の御曹司が毎日使ってる専用車なんだ」車の列が通り過ぎてから、彼はやっと思い出した。内海唯花は適当に尋ねた。「どの結城御曹司?」富豪の結城家のお坊ちゃんだよ。結城グループの現社長さ。この前のパーティに
「彼が普通の人だったとしても、私のような普通の庶民なんか相手にしないわよ」 内海唯花にとって、あの富豪結城家の若旦那については、あの夜パーティーで少し噂話する程度が関の山だ。その後はその人のことなんて頭の中から抜けてしまっていた。まさに彼女が言うとおり、結城坊ちゃんがいくら普通でも、彼女のような庶民とは付き合わないだろう。彼女は決して底辺層の人間とは言えないが、上に行けたとしても限度があるのだ。彼女が知り合った一番のお金持ちは親友の牧野明凛を除いて金城琉生だけだった。金城琉生は名家の金持ちのお坊ちゃんと言える。富豪家の御曹司と彼女が住む世界は全く違うのだから、関わりあうことなどなかった。金城琉生は笑って、それには返事しなかった。彼は内海唯花のことを見下したことなど一度もなかった。でもそれは他の金持ちの坊ちゃんが内海唯花を軽蔑しないというわけではない。彼は上流階級というものをよくわかっていた。みんな家柄、身分、地位ばかり見て話してるのだ。大型パーティに参加した時、彼のような金城家の坊ちゃんでさえ、八方美人になり自分からその偉い人たちと交際していた。うまくいけば気に入られ後ろ盾が得られるのだ。「車が来ましたよ」金城琉生が呼んだ車は路肩に駐車し、人が降りてきて二人のほうにやってきた。金城琉生きを坊ちゃんと呼んだ。内海唯花は彼が金城家の運転手を呼んだことに、この時はじめて気がついた。金城家の運転手は誰から借りたのかわからないピックアップトラックで来た。彼と金城琉生は力を合わせて内海唯花の動かなくなった電動バイクをその車の上に載せた。金城琉生は内海唯花に言った。「唯花さん、もう遅いので修理屋は閉まってるでしょ。坂本さんが明日バイクを修理屋に持っていきます。修理が終わったら、店まで届けますね」「ありがとう」内海唯花は心から金城琉生に感謝した。もし彼に偶然会っていなかったら、彼女はきっとこんな夜遅くに電動バイクを押して家に帰らなければならなかっただろう。そうなれば朝までかかるはずだ。金城琉生はニコニコして「僕たちの仲なんですから、お礼なんかいらないです。唯花さん、車に乗ってください。僕が家まで送ります。まだお姉さんのところに住んでいますか?」「ううん、今はトキワ・フラワーガーデンに住んでるの。琉生君、今日
彼を起こす?おばあさんは彼が寝てしまうと、電話でもかけて彼を夢から醒まそうものなら、激怒すると言っていた。内海唯花が時間を見ると、もう夜中過ぎだった。結城理仁は普段、家に帰ってくるのはいつもだいたいこの時間だから、まだ寝ていないだろう。内海唯花はそれで結城理仁にLINE電話をかけた。結城理仁はまだ寝ていなかった。彼はわざと玄関にドアロックをかけたのだ。どうしてこんなことをしたのか、彼自身もわからなかった。内海唯花と金城琉生が一緒にいて、二人がお似合いだったので、とても不愉快だったのだ。あの腹黒女め、ここはあまり良い条件ではないから、さっさと次の相手を探しにいくとは。ばあちゃんはあの女に騙されているんだ。全部含めても、ばあちゃんが内海唯花と知り合って三ヶ月あまり、どれだけ内海唯花のことを理解できるのだ?ばあちゃんが感謝の気持ちだけで、内海唯花をとても信用しただけだ。それなのに、うるさく彼女と結婚しろと......鳴り続ける携帯をただ見るだけで、結城理仁は内海唯花からの電話に出なかった。しばらくかけ続け内海唯花は自分から電話を切った。しかし、一分も経たないうちに彼女はまた電話をかけてきた。連続三回かけてきてから、結城理仁はやっとその電話に出た。「結城さん、寝ていましたか?」「何か用か?」結城理仁は氷のように冷たく彼女に聞き返した。「ドアロックがかかっていて、家に入れません」結城理仁はしばらく沈黙した後、変わらない冷たさに皮肉を込めた口調で「俺は今日君が高級ホテルで一泊してくると思っていたよ」と言った。内海唯花は彼の話しぶりから皮肉を感じ取った。でもわけがわからない。どうして彼女が高級ホテルに行かないといけないのだ?彼は突然ひねくれて、言葉には刺があった。彼女が彼を怒らせたのか?「結城さん、ドアを開けてくれませんか?」内海唯花は怒らず、彼のそのへんてこな態度を気にしなかった。結城理仁は何もしゃべらなかった。夫婦二人はしばらく沈黙を保ち、内海唯花が口を開いた。「結城さんが私に高級ホテルへ行けと言うなら構いません。どうせいつもあなたがくれたキャッシュカードを持っていますからね。じゃ、今からスカイロイヤルホテルに行ってこのカード使わせていただきます」結城理仁「......」「待っ
「内海唯花、俺たちはもう合意書にサインしたんだ。たった半年待つだけで離婚ができる。それを待ってから次の相手を探せばいいだろ?今から探す必要がどこにあるんだ。今俺たちはまだ法律上夫婦なんだ。今のお前の行為は不倫だぞ」 「俺はお前のことが嫌いだし、お前を愛することもない。だが、男は、普通の男は不倫されるのが嫌なんだよ」 結城理仁は彼女と金城琉生が一緒にいることが嫌なのだ。 彼の様子がおかしいのは、怒っているからだ。離婚前に次の男を探し、不倫することに怒っているのだ。 金城琉生は彼女に片思いをしているんだぞ。 あいつは彼の恋敵なんだ! これは愛の問題ではなく、面子の問題だ。大の男の尊厳の問題だ。 内海唯花はキョロキョロと見回し、何かを探していた。ちょうど良いものがなかったので、彼女は直接手に持っていた鍵と携帯を入れた袋を力いっぱい結城理仁に向かってぶつけた。彼女は空手を習ったことがあるので、人を殴る腕前はかなりのものだった。 結城理仁は彼女がこんなことをするとは思っておらず、完全に油断していて、彼女の袋が完全にヒットした。 袋の中に鍵と携帯が入っていたうえに、彼女は彼の口めがけて殴ってきたので、殴られた後、結城理仁は口元がとても痛んだ。 彼は顔を暗くし内海唯花を睨みつけた。 今まで彼に、こんなことをする度胸があるやつはいなかったんだぞ! 彼を殴った張本人の内海唯花が近づいてきて、腰を曲げて袋を拾った。口調もとても悪かった。「結城さん、そんなでたらめを言うのが好きな口なんて、殴られて当然よ!」 「わけも聞かずに、自分で勝手に解釈して。結城さん、いつもこんなに独りよがりで横暴で、この世で自分だけが正しいとでも思ってるの?」 結城理仁は痛む口を触り、目を見開いて彼女を睨んだ。 「なにそれ?どっちが目が大きいかって?私だってあんたなんかに負けませんけど」 内海唯花は怒ってまたその袋を持って殴りかかった。 結城理仁:......まだ殴る気か! 一体彼女はどこにこんな度胸を隠し持っていたんだ? こ、これは家庭内暴力だ! 「バイクで帰ってきている途中で、どうしてかわかんないけどバイクが動かなくなったのよ。でも、ちょうどいいところに、親友の従弟の金城琉生が通りかかった。彼とはあんたなんかより長い付き合いな
結城理仁の顔はこわばっていたが、耳は少し赤くなっていた。彼が内海唯花を誤解していたから赤くなったのだ。決して恥ずかしいからではない。彼、結城理仁が恥ずかしがるわけなどないだろう!「これは男の尊厳の問題だ!」内海唯花は鼻で笑った。この瞬間、結城理仁の顔は真っ赤になった。「俺は君なんか好きじゃないし、愛してもいないんだ、ヤキモチなんか焼くわけないだろ?君が不倫さえしない限り、どこの誰と一緒にいようがどうだっていい」「いちいち何度も私を好きじゃない、愛してないって強調しないでよ。まるで私があんたのことが大好きで愛して仕方ないみたいじゃない。私たちは結婚して、ただシャアハウスの生活をしているだけでしょ。正直に言うけど、私はね、ただ姉に私のことで義兄と喧嘩してほしくなくて、急いで姉の家を出てきたかっただけ。住むところを提供してくれるから、あなたのおばあさんの申し出を受け入れてあなたと結婚したのよ」「たくらみがあるって言うなら、これこそがあなたへのたくらみよ。あなたに家があって、私はタダで住まわせてもらえる。家賃が浮いたし、姉さんを安心させてあげられるから」結城理仁「......」彼の持ち家は彼自身よりも魅力的なのだ。彼の口からはスラスラと彼女が嫌いで、愛してないと出てきた。でも、彼女の口から彼が嫌いで愛してないと聞くと、その言葉が耳に刺さった。「私も不倫なんてしないわよ。あなたがさっき言ったとおり、半年後離婚してあなたが本当に家と車を譲ると言うなら、私はこの家に住んであの車を使うわ。そして正々堂々と新しい男を探しに行くから、これじゃダメなの?なんでわざわざあなたに不倫してるなんて言われなきゃならないのよ」結城理仁「......」しばらく経って、彼は態度を柔らかくし内海唯花に謝罪した。「内海唯花、申し訳ない。俺が君を誤解していた」彼の言い分は筋が通っておらず、彼女には敵わないのだ。ただ頭を下げて謝るしかなかった。「今後なにか問題があれば、直接私に言って。さっきみたいに内側から鍵をかけて私を外に放っぽり出すような真似はしないで。あなたのその性格はね、将来奥さんをもらっても、仲違いしやすいわ。もし奥さんもあなたと同じような性格だったら、あなたたち夫婦はすぐ冷戦に突入して、最終的には離婚するわよ」結城理仁は黙ってから
神崎詩乃は冷ややかな声で言った。「あなた達、私の姪をこんな姿にさせておいて、ただひとこと謝れば済むとでも思っているの?私たちは謝罪など受け取りません。あなた達はやり過ぎたわ、人を馬鹿にするにも程があるわね」彼女はまた警察に言った。「すみませんが、私たちは彼女たちの謝罪は受け取りません。傷害罪として処理していただいて結構です。しかし、賠償はしっかりとしてもらいます」佐々木親子は留置処分になるだけでなく、唯月の怪我の治療費や精神的な傷を負わせた賠償も支払う必要がある。あんなに多くの人の目の前で唯月を殴って侮辱し、彼女の名誉を傷つけたのだ。だから精神的な傷を負わせたその賠償を払って当然だ。詩乃が唯月を姪と呼んだので、隼翔はとても驚いて神崎夫人を見つめた。佐々木母はそれで驚き、神崎詩乃に尋ねた。「あなたが唯月の伯母様ですか?一体いつ唯月にあなたのような伯母ができたって言うんですか?」唯月の母方の家族は血の繋がりがない。だから十五年前にはこの姉妹と完全に連絡を途絶えている。唯月が佐々木家に嫁ぐ時、彼女の家族はただ唯花という妹だけで、内海家も彼女たちの母方の親族も全く顔を出さなかった。しかし、内海家は六百万の結納金をよこせと言ってきたのだった。それを唯月が制止し、佐々木家には内海家に結納金を渡さないようにさせたのだ。その後、唯月とおじいさん達は全く付き合いをしていなかった。佐々木親子は唯月には家族や親族からの支えがなく、ただ一人だけいる妹など眼中にもなかった。この時、突然見るからに富豪の貴婦人が表れ、唯月を自分の姪だと言ってきたのだった。佐々木母は我慢できずさらに尋ねようとした。一体この金持ちであろう夫人が本当に唯月の母方の親戚なのか確かめたかったのだ。どうして以前、一度も唯月から聞かされなかったのだろうか?唯月の母方の親族たちは、確か貧乏だったはずだ。詩乃は横目で佐々木母を睨みつけ、唯月の手を取り、つらそうに彼女の傷ついた顔を優しく触った。そして非常に苦しそうに言った。「唯月ちゃん、私と唯花ちゃんがしたDNA鑑定の結果が出たのよ。私たちは血縁関係があるのあなた達姉妹は、私の妹の娘たちなの。だから私はあなた達の伯母よ。私のこの姪をこのような姿にさせて、ひとことごめんで済まそうですって?」詩乃はまた佐々木親子を睨
一行が人だかりの中に入っていった時、唯花が「お姉ちゃん」と叫ぶ声が聞こえた。陽も「ママ!」と叫んでいた。唯花は英子たち親子が一緒にいるのと、姉がボロボロになっている様子を見て、どういうわけかすぐに理解した。彼女はそれで相当に怒りを爆発させた。陽を姉に渡し、すぐに後ろを振り向き、歩きながら袖を捲り上げて、殴る態勢に移った。「唯花ちゃん」詩乃の動作は早かった。素早く唯花のところまで行き、姉に代わってあの親子を懲らしめようとした彼女を止めた。「唯花ちゃん、警察の方にお任せしましょう」すでに警察に通報しているのだから、警察の前で手を出すのはよくない。「神崎さん、奥様、どうも」隼翔は神崎夫婦が来たのを見て、とても驚いた。失礼にならないように隼翔は彼らのところまでやって来て、挨拶をした。夫婦二人は隼翔に挨拶を返した。詩乃は彼に尋ねた。「東社長、これは一体どうしたんですか?」隼翔は答えた。「神崎夫人、彼女たちに警察署に行ってどういうことか詳しく話してもらいましょう」そして警察に向かって言った。「うちの社員が被害者です。彼女は離婚したのに、その元夫の家族がここまで来て騒ぎを起こしたんです。まだ離婚する前も家族からいじめられて、夫からは家庭内暴力を受けていました。だから警察の方にはうちの社員に代わって、こいつらを処分してやってください」警察は隼翔が和解をする気はないことを悟り、それで唯月とあの親子二人を警察署まで連れていくことにした。隼翔と神崎夫人一家ももちろんそれに同行した。唯花は姉を連れて警察署に向かう途中、どういうことなのか状況を理解して、腹を立てて怒鳴った。「あのクズ一家、本当に最低ね。もしもっと早く到着してたら、絶対に歯も折れるくらい殴ってやったのに。お姉ちゃん、あいつらの謝罪や賠償なんか受け取らないで、直接警察にあいつらを捕まえてもらいましょ」唯月はしっかりと息子を抱いて、きつい口調で言った。「もちろん、謝罪とか受け取る気はないわよ。あまりに人を馬鹿にしているわ!おじいさんが彼女たちを恐喝してお金を取ったから、それを私に返せって言ってきたのよ」唯花は説明した。「あの元義母が頭悪すぎるのよ。うちのおじいさんのところに行って、お姉ちゃんが離婚を止めるよう説得してほしいって言いに行ったせいでしょ。あ
佐々木親子二人は逃げようとした。しかし、そこへちょうど警察が駆けつけた。「あの二人を取り押さえろ!」隼翔は親子二人が逃げようとしたので、そう命令し、周りにいた社員たちが二人に向かって飛びかかり、佐々木母と英子は捕まってしまった。「東社長、あなた方が通報されたんですか?どうしたんです?みなさん集まって」警察は東隼翔と知り合いだった。それはこの東家の四番目の坊ちゃんが以前、暴走族や不良グループに混ざり、よく喧嘩沙汰を起こしていたからだ。それから足を洗った後、真面目に会社の経営をし、たった数年だけで東グループを星城でも有数の大企業へと成長させ、億万長者の仲間入りをしたのだった。ここら一帯で、東隼翔を知らない者はいない。いや、星城のビジネス界において、東隼翔を知らない者などいないと言ったほうがいいか。「こいつらがうちまで来て社員を殴ったんです。社員をこんなになるまで殴ったんですよ」隼翔は唯月を引っ張って来て、唯月のボロボロになった姿を警察に見てもらった。警察はそれを見て黙っていた。女の喧嘩か!彼らはボロボロになった唯月を見て、また佐々木家親子を見た。佐々木母はまだマシだった。彼女は年を取っているし、唯月はただ彼女を押しただけで、殴ったり手を出すことはしなかったのだ。彼女はただ英子を捕まえて手を出しただけで、英子はひどい有り様になっていた。一目でどっちが勝ってどっちが負けたのかわかった。しかし、警察はどちらが勝ったか負けたかは関係なく、どちらに筋道が立っているかだけを見た。「警察の方、これは家庭内で起きたことです。彼女は弟の嫁で、ちょっと家庭内で衝突があってもめているだけなんです」英子はすぐに説明した。もし彼女が拘留されて、それを会社に知られたら、仕事を失うことになるに決まっているのだ。彼女の会社は今順調に行ってはいないが、彼女はやはり自分の仕事のことを気にしていて、職を失いたくなかったのだ。「私はこの子の義母です。これは本当にただの家庭内のもめごとですよ。それも大したことじゃなくて、ちょっとしたことなんです。少し手を出しただけなんですよ。警察の方、信じてください」佐々木母はこの時弱気だった。警察に連れて行かれるかもしれないと恐れていたのだ。市内で年越ししようとしていたのに、警察に捕ま
東隼翔は顔を曇らせて尋ねた。「これはどういうことだ?」英子は地面から起き上がり、まだ唯月に飛びかかって行こうとしていたが、隼翔に片手で押された。そして彼女は後ろに数歩よろけてから、倒れず立ち止まった。頭がはっきりとしてから見てみると、巨大な男が暗い顔をして唯月を守るように彼女の前に立っていた。その男の顔にはナイフで切られたような傷があり非常に恐ろしかった。ずっと見ていたら夜寝る時に悪夢になって出てきそうなくらいだ。英子は震え上がってしまい、これ以上唯月に突っかかっていく勇気はなかった。佐々木母はすぐに娘の傍へと戻り、親子二人は非常に狼狽した様子だった。それはそうだろう。そして唯月も同じく散々な有様だった。喧嘩を止めようとした警備員と数人の女性社員も乱れた様子だった。彼らもまさかこの三人の女性たちが殴り合いの喧嘩を始めてあんな狂気の沙汰になるとは思ってもいなかったのだ。やめさせようにもやめさせることができない。「あんたは誰よ」英子は荒い息を吐き出し、責めるように隼翔に尋ねた。「俺はこの会社の社長だ。お前らこそ何者だ?俺の会社まで来てうちの社員を傷つけるとは」隼翔はまた後ろを向いて唯月のみじめな様子を見た。唯月の髪は乱れ、全身汚れていた。それは英子が彼女を地面に倒し殴ったせいだ。手や首、顔には引っ掻き傷があり、傷からは少し血が滲み出ていた。「警察に通報しろ」隼翔は一緒に出てきた秘書にそう指示を出した。「東社長、もう通報いたしました」隼翔が会社の社長だと聞いて、佐々木家の親子二人の勢いはすっかり萎えた。しかし、英子はやはり強硬姿勢を保っていた。「あなたが唯月んとこの社長さん?なら、ちょうどよかった。聞いてくださいよ、どっちが悪いか判定してください。唯月のじいさんが私の母を恐喝して百二十万取っていったんです。それなのに返そうとしないものだから、唯月に言うのは当然のことでしょう?唯月とうちの弟が離婚して財産分与をしたのは、まあ良いとして、どうして弟が結婚前に買った家の内装を壊されなきゃならないんです?」隼翔は眉をひそめて言った。「内海さんのおじいさんがあんたらを脅して金を取ったから、それを取り返したいのなら警察に通報すればいいだけの話だろう。内海さんに何の関係がある?内海さんと親戚がどんな状況なの
その時、聞いていて我慢できなくなった人が英子に反論してきた。「そうだ、そうだ。自分だって女のくせに、あんなふうに内海さんに言うなんて。内海さんがやったことは正しいぞ。内海さん、私たちはあなたの味方です!」「こんな最低な義姉がいたなんてね。元旦那が浮気したから離婚したのは言うまでもないけど、もし浮気してなくたって、さっさと離婚したほうがいいわ、こんな最低な人たちとはね。遠く離れて関わらないほうがいいに決まってる」野次馬たちはそれぞれ英子を責め始めた。そのせいで英子は怒りを溜め顔を真っ赤にさせ、また血の気を引かせた。唯月が彼女に恥をかかせたと思っていた。そして彼女は突然、力いっぱい唯月が支えていたバイクを押した。バイクは今タイヤの空気が抜けているから、唯月がバイクを押すのも力を入れる必要があった。それなのに英子が突然押してきたので、唯月はバイクを支えることができず、一緒に地面に倒れ込んでしまった。「金を返せ。あんたのじいさんがお母さんから金を受け取ったのを認めないんだよ。じいさんの借金は孫であるあんたが返せ、さっさとお母さんに金を払うんだよ」英子はバイクと一緒に唯月を地面に倒したのに、それでも気が収まらず、彼女が持っていたかばんを振り回して力を込めて唯月を叩いた。さらには足も使い、立て続けに唯月を蹴ってきた。唯月はバイクを放っておいて、立ち上がり乱暴に英子からそのかばんを奪い、狂ったように英子を殴り返した。彼女は英子に対する恨みが積もるに積もっていた。本来離婚して、今ではもう佐々木家とは赤の他人に戻ったので、ムカつくこの佐々木家の人間のことを忘れて自分の人生を送りたいと思っていた。それなのに英子は人を馬鹿にするにも程があるだろう、わざわざ問題を引き起こすような真似をしてきた。こんなふうに過激な態度に出れば、善悪をひっくり返せるとでも思っているのか?この間、唯月と英子は殴り合いの喧嘩をし、その時は英子が唯月に完敗した。今日また二人が殴り合いになったが、佐々木母はもちろん自分の娘に加勢してきた。この親子は手を組んで、唯月を二対一でいじめてきたのだ。「警察、早く警察に通報して!」その時、誰かが叫んだ。「すみません警備員さん、こっちに来て喧嘩を止めてちょうだい。この女二人がうちの会社まできて社員をいじめてるんです」
唯月がその相手を見るまでもなく、誰なのかわかった。その声を彼女はよく知っている。それは佐々木英子、あのクズな元義姉だ。佐々木母は娘を連れて東グループまで来ていた。しかし、唯月は昼は外で食事しておらず、会社の食堂で済ませると、そのままオフィスに戻ってデスクにうつ伏せて少し昼寝をした。それから午後は引き続き仕事をし、この日は全く外に出ることはなかったのだ。だからこの親子二人は会社の入り口で唯月が出てくるのを、午後ずっとまだか、まだかと待っていたのだ。だから相当に頭に来ていた。やっとのことで唯月が会社から出てきたのを見つけ、英子の怒りは頂点に達した。それで会社に出入りする多くの人などお構いなしに、大声で怒鳴り多くの人にじろじろと見られていた。物好きな者は足を止めて野次馬になっていた。唯月はただの財務部の職員であるだけだが、東社長自ら採用をしたことで会社では有名だった。財務部長ですら、自分の地位が脅かされるのではないかと不安に思っていた。唯月は以前、財務部長をしていたそうだし。上司は唯月を警戒せずにいられなかった。さらに、唯月が東社長に採用されことで、上司は必要以上に彼女のことを警戒していたのだ。唯月は彼女にとって目の上のたんこぶと言ってもいい。周りからわかるように唯月を会社から追い出すことはできないから、こそこそと汚い手を使っていた。財務部職員によると、唯月は何度も上司から嫌がらせを受け、はめられようとしていたらしい。しかし、彼女は以前この財務という仕事をやっていて経験豊富だったので、上司の嫌がらせを上手に避けて、その策略に、はまってしまうことはなかった。「あなた達、何しに来たの?」唯月は立ち止まった。そうしたいわけじゃなく、足を止めるしかなかったのだ。元義母と元義姉が彼女の前に立ちはだかり、バイクを押して行こうとした彼女を妨害したのだ。「私らがどうしてここに来たのかは、あんた、自分の胸に聞いてみることだね。うちの弟の家をめちゃくちゃに壊しやがって、弁償しろ!もし内装費を弁償しないと言うなら、裁判を起こしてやるからね!」英子は金切り声で騒ぎ立て、多くの人が足を止めて野次馬になり、人だかりができてきた。彼女はわざと大きな声で唯月がやったことを周りに広めるつもりなのだ。「あなた方の会社の社員、ええ、内海唯
「伯母さんはあなた達が簡単にやられてばかりな子たちだとは思っていないわ。ただ妹のためにも、あの人たちをギャフンと言わせてやりたいのよ」唯花はそれを聞いて、何も言わなかった。それから伯母と姪は午後ずっと話をしていた。夕方五時、詩乃はどうしても唯花と一緒に東グループに唯月を迎えに行くと言ってきかなかった。唯花は彼女のやりたいようにさせてあげるしかなかった。そして、唯花は車に陽を乗せ自分で運転し、神崎詩乃たち一行と颯爽と東グループへと向かっていった。明凛と清水は彼らにはついて行かなかった。途中まで来て、唯花は突然おばあさんのことを思い出した。確か午後ずっとおばあさんの姿を見ていない。唯花はこの時、急いでおばあさんに電話をかけた。おばあさんが電話に出ると、唯花は尋ねた。「おばあちゃん、午後は一体どこにいたの?」「私はそこら辺を適当にぶらぶらしてたの。仕事が終わって帰るの?今からタクシーで帰るわ」実はおばあさんはずっと隣のお店の高橋のところにいたのだった。彼女は唯花たちの前に顔を出すことができなかったのだ。神崎夫人に見られたら終わりだ。「おばあちゃん、私と神崎夫人のDNA鑑定結果がでたの。私たち血縁関係があったわ。それで伯母さんが私とお姉ちゃんを連れて一緒に神崎さんの家でご飯を食べようって、だから今陽ちゃんを連れてお姉ちゃんを迎えに行くところなの。おばあちゃんと清水さんは先に家に帰っててね」「本当に?唯花ちゃん、伯母さんが見つかって良かったわね」おばあさんはまず唯花を祝福してまた言った。「私と清水さんのことは心配しないで。辰巳に仕事が終わったら迎えに来てもらうから。あなたは伯母さんのお家でゆっくりしていらっしゃい。彼女は数十年も家族を捜していたのでしょう。それはとても大変なことだわ。伯母さんのお家に一晩いても大丈夫よ。私に一声かけてくれるだけでいいからね」唯花は笑って言った。「わかったわ。もし伯母さんの家に泊まることになったら、おばあちゃんに教えるわね」通話を終えて、唯花は一人で呟いた。「午後ずっと見なかったと思ったら、また一人でぶらぶらどこかに出かけてたのね」年を取ってくると、どうやら子供に戻るらしい。そして唯月のほうは、妹からのメッセージを受け取り、彼女たちが神崎夫人と伯母と姪の関係で
昔の古い人間はみんなこのような考え方を持っている。財産は息子や男の孫に与え、女ならいつかお嫁に行ってしまって他人の家の人間になるから、財産は譲らないという考え方だ。息子がいない家庭であれば、その親族たちがみんな彼らの財産を狙っているのだ。跡取り息子のいない家を食いつぶそうとしている。それで多くの人が自分が努力して作り上げた財産を苗字の違う余所者に継承したがらず、なんとかして息子を産もうとするのだった。「二番目の従兄って、内海智文とかいう?」詩乃は内海智文には覚えがあった。主に彼が神崎グループの子会社で管理職をしていて、年収は二千万円あったからだ。彼女たち神崎グループからそんなに多くの給料をもらっておいて、彼女の姪にひどい仕打ちをしたのだ。しかもぬけぬけと彼女の妹の家までも奪っているのだから、智文に対する印象は完全に地の底に落ちてしまった。後で息子に言って内海智文を地獄の底まで叩き落とし、街中で物乞いですらできなくさせてやろう。「彼です。うちの祖父母が一番可愛がっている孫なんですよ。彼が私たち孫の中では一番出来の良い人間だと思ってるんです。だからあの人たちは勝手に智文を内海家の跡取りにさせて、私の親が残してくれた家までもあいつに受け継がせたんです。正月が過ぎたら、姉と一緒に時間を作って、故郷に戻って両親が残してくれた家を取り戻します。家を売ったとしても、あいつらにはあげません!」そうなれば裁判に持っていく。今はもうすぐ年越しであるし、姉が離婚したばかりだから、唯花はまだ何も行動を起こしていないのだ。彼女の両親が残した家は、90年代初期に建てられたものだ。実際、家自体はそんなにお金の価値があるものではないが、土地はかなりの値段がつく。彼女の家は一般的な一軒家の坪数よりも多く敷地面積は100坪ほどあるのだ。彼女の両親がまだ生きていた頃、他所の家と土地を交換し合って、少しずつ敷地面積を増やしていき、ようやく100坪近くある大きな土地を手に入れたのだった。母親は、彼女たち姉妹に大人になって自立できるようになったら、この土地を二つに分けて姉妹それぞれで家を建て、隣同士で暮らしお互いに助け合って生きていくように言っていたのだ。「まったく人を欺くにも甚だしいこと。妹の財産をその娘たちが受け継げなくて、妹の甥っ子が資格を持っ
姫華は唯花たちが引っ越し作業を終えてから、ようやく自分がそんなに面白いことを逃したのだと知ったのだった。だから彼女は明凛と唯花に不満を持っていた。明凛は唯花に姫華にも教えるよう言ったが、唯花が彼女はお嬢様だから家をめちゃくちゃにするという乱暴なシーンは見せたくないと思い姫華には伝えなかったのだ。確かに姫華は名家の令嬢であるが、神崎姫華だぞ。神崎姫華は星城の上流社会ではあまり評判が良くない。他人が彼女のことを横暴でわがまま、理屈が通じないというくらいなのだから、そんな彼女が家を壊すくらいのシーンで音を上げるとでも?逆に、彼女自身も機嫌が悪い時にはハチャメチャなことをしでかすというのに。「姉がもらうべき分はしっかりと財産分与させました。ただ内装費に関しては佐々木家が拒否したので、私たちが人を雇ってその内装を全て剥がしたんです」詩乃はそれを聞いて「それはそうすべきよ。どうして佐々木家においしい思いをさせる必要なんてあるかしら」と唯花たちの行動を当たり前だと言った。そして最後にまた残念そうにこう言った。「もし伯母さんが知っていれば、あなた達の家族として、大勢で彼らのところまで押しかけて内装費を意地でも出させてあげたものを。これは正当な権利よ」この時、唯花はふいに姫華の性格は完全に母親譲りなのだと悟った。「唯花ちゃん、もうちょっとしたらお店を閉めて私たちと一緒に神崎家に帰りましょう。家族みんなで食事をするの。そうだ、あなたの旦那さんはお時間があるのかしら?彼も一緒にいらっしゃいよ」唯花は「夫は今日出張に行ったばかりなんです。たぶん暫くの間帰ってきません。彼が帰ってきたら、一緒に詩乃伯母さんのお宅にお邪魔します」と返事した。「出張に行ってらっしゃるのね。なら、彼が帰って来てからお会いしましょう」詩乃はすぐに姪の夫に会えなくても特に気にしていなかった。彼女にとって、二人の姪のほうが重要だったからだ。今、彼女は姪を見つけることができて、姪二人にはこの神崎詩乃という後ろ盾もできた。ちょうど唯花に代わってその夫が頼りになる人物なのか見極めることができよう。「あなたのお姉さんは五時半にお仕事が終わるのよね?」「ええ」神崎夫人は時間を見て言った。「お姉さんはどこで働いていらっしゃるの?」「東グループです」神崎夫人は「そ